椿  (お侍 拍手お礼の六)
 


*もうもう開き直ったぞの“お母さんと一緒”シリーズ。
(笑)


晩に寝て朝起きて、顔を洗って朝餉に向かうというような、
普通一般の生活が送れる環境では到底ないが、
それでもの一応は、しゅっと身綺麗にしている伊達男。
淡い色合いの金の髪を、キュッと引き絞っての三本マゲが、
トレードマークになってる槍使い殿は、
だが、決して“洒落者だから”ではなくて、
主様へと注ぐ甲斐甲斐しき心くばりを、心置きなくの遺憾なく発揮するためにと、
まずは自身の身の回りを整えているのであるらしく。
そんな彼の身だしなみ、
思わぬことを招きもしたのが、先日のこと。



          ◇



あれは何の拍子であったものか。
詰め所に借りている農家の土間にて、
入って来たのと出て行きかけたのという二人。
擦れ違ったその刹那、一体何を思ったか、
その足取りをふと止めて、こちらを見やったそのまんまになった。
そんな彼の様子に気がついて。
小首を傾げて“どうしましたか?”と声をかければ、
「…キュウゾウ殿?」
すたすたと歩み寄って来たものが、
歩み寄って来たでは済まないほどもの接近ぶり。
お仲間なのに後ずさりするのも大仰かなと、
でもやっぱり限度ってものもあるよなと、思った頃には時すでに遅く。
二の腕を両方とも掴まえられての、逃がしません状態のまま、
端正なお顔が、こちらのお顔へずずいと近寄って来て…。

  ――― くんくんと。

何にも訊かぬまま、お顔の周りの匂いを確かめ始める困ったお人で。
「何か気になる匂いがしましたか?」
少しほどの身長差があることから、
しまいには相手の肩の上へ顎を乗っける勢いになってる彼でもあって。
懐かれるのは…正直言って悪い気はしない。
ただ、見物する人が同座しているのが何とも落ち着けない。

 “う〜〜〜。///////

同席しているカンベエ様はといえば、
こういう構図を眺められるのが、よほど楽しいとお思いか、
苦笑交じりに、ただただ傍観者でおられるばかりだし。
そうこうする内、気が済んだのか、
やっとのことで少しは身を離した寡黙な彼の言うことには。
「髪。」
「………ああ。」
これで通じるから、問題なんじゃあなかろうかと、
これはカンベエ様の胸中のご意見だったが、それはさておき。
「それって香油の匂いですよ。」
これを結うのにね、後れ毛が落ちて元結いに絡まないようにって、
ほんのちょっぴりですが、椿油を使ってますので。
洒落っ気からのことではないとはいえ、それでもなかなかに小粋な心掛け。
なのに、
「…?」
椿油という単語が理解出来なかったか、
ひょこり小首を傾げたキュウゾウだったので、
くすすと笑ったシチロージ、そうそうと何か閃いたらしく、
「ほら。そこに座って下さいな。」
すぐに済みますからと、上がり框の段差に座らせ、
自分はひょいと上へ上がって、さて。
懐ろから取り出したは使い込まれたツゲの櫛。
後ろへと回っての膝立ちになると、
ふんわり広がりやすい質らしき、
自分とは微妙に色味の違う金の髪へと櫛を通し始めて。
「〜〜〜。」
「くすぐったいですか? ちっとだけ、辛抱して下さいね?」
よほど手入れをしていないらしくて、
時折、指を差し入れて先にほぐさねば、
櫛の歯が通らないところもあったりしたが、
そうやって頭を撫でてやるたびに、
「…。」
柄にもなく、細い肩に力が入って身がすくんでいるのが、
傍らから見ている誰かさんにはようよう判り、
やはりやはり、すこぶるつきの眼福でござったそうで。
(苦笑)
「さあ、出来ました。」
あんまり代わり映えはしませんかね。でも、すっきりしましたでしょう?
立ち上がりかけると、まだですよと、
肩を引き留め、再び指の長い手が髪の間へ差し入れられて。

 “あ…。”

ふんわり香るは、甘い香油の秘やかな匂い。
手櫛で梳いて、さあ出来上がりとのお声がかかり、
立ち上がったところへその前へと降りて来て、
前髪を丁寧に整えてくれるきれいな手が触れて。
それがどくと、同じ場所へこつんこと、今度はおでこが触れて来た。
「これで、お揃いですねぇ。」
間近でにっこり笑ったお顔が、彼なりに眩しかったのか。
「…。」
くうと息を引くと、そのままそそくさ、
駆け出すようにして戸口から出てった双刀使いさん。

 「上機嫌だったの。」
 「…カンベエさま、よく判りますねぇ。」

あたしゃてっきり、
余計なことをしてと嫌われたかなって、思いましたのにと。
慰められたと思ったか、
まだちょっぴり眉を下げてたシチロージ殿だったけれど。


  ――― あれって、シチさんの髪油でしょう?


午後になって訪れた作業場にて、ヘイハチ殿が不意にそんなことを言い出して。
「はい?」
「キュウゾウ殿ですよ。」
素早い動きでもっての哨戒は相変わらずながら、
良い匂いを振り撒いてなさるんで、どこにおいでかがすぐ判る…と、
ご婦人方がきゃっきゃと騒いでおいでだ。
「ありゃりゃ…。」
やっぱりご迷惑だったかなと首をすくめたモモタロさんへ、
「そんなことはないでしょうよ。」
気になるんなら、この寒空でも川に入って落とすよなお人です。
何だか乱暴な決めつけで、そうと言い切ったヘイハチ殿、

 「案外と、ご自分の髪の匂い、摘まんで確かめてなさるかもですよ?」

童のようなところもお有りな方だからと、
それは楽しそうに語ったそのままな構図、
少し離れた梢の上にて、やってのけてる御仁がいようとは。
秋のお空と楓の葉っぱだけが見ていた内緒でございますvv



  *いよいよやりたい放題になって参りましたです。
(こらこら)


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